これからも自分らしく

“喜色動乾坤” “笑門来福” 人生後半戦突入 これまでの出逢いに感謝を忘れず笑っていたい

父が残したもの*断捨離ではない整理の時間

父が亡くなって16年
直後の事務処理を全く手伝わなかった薄情な娘です


喪中一週間後は休みもろくに取れない多忙ではあったけれど、何故母に任せてしまったのか、長女としてやるべきだったと大いに反省しても遅い


そして父の遺品

急逝したこともあって 収納してあるものはそのまま、暫くはと見逃して16年、今なお手付かずな場所が
見たくない触れたくない母の気持も分からないでもないけれど、タンスの引出、本棚などにホコリを越えて砂埃まみれになっています
なのに、父の趣味のひとつだった盆栽数十鉢は早い時期にひっくり返して捨てたと豪語する母の気持は理解不能でした(見える物だけ消したかったのかもしれません)



父が寝室兼書斎として使っていた部屋の、紙類を収納してある棚と引き出しは勝手に開けたらいけない触れたらいけないような場所
でも 母が触るかたずける気配はない、いつかは断捨離しなくてはいけないと恐る恐る開けてみました
驚く物が出てきたらどうしよう・・そんなものは全くありませんでした(笑)


休日、少しずつ整理を始めよう
まずはガラクタ類、貰ったポケットティシュ、未使用のメモ帳、家電の取説など 後生大事に取ってあるが即処分
それ以外、父が何を残しているのか確認しながら整理開始


几帳面な父の素顔が垣間見える
いくつもの紙封筒
旅行先別にパンフレット、領収書、お土産リストまで保管
アメリカ研修時には多くの餞別を頂いたのか、昭和46年でお土産代が20万円近く😮
滞在中に母(妻)宛て、娘達(私達)に宛てた絵葉書も

リタイヤ後の趣味別資料のクリアファイル数冊(囲碁、パソコン、狂句、公民館の役員もしていたみたい)
研修後の報告書原稿、意外と綺麗な文字
孫達(私と妹の息子娘)の写真

こんなのも出てきた

それぞれ透明袋で区分けしてラベルをつけて戻したら、収納スペースが半分に

区分けと整理をした後に処分するか残しておくべきかを相談するつもりでしたが、孫の代まで残して じいちゃんはこんな人だったと見せてあげたい



亡くなってから父を尊敬する気持ちが大きくなった愚かな私
もっともっと話をしたかった
そして、自分が似てきたと感じる時も増えました。


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昨日の勤務中の歩数11,000❗
股関節から太ももまでズキズキ
ウーン耐えられるかな
翌日には痛みはおさまってるし、週3日だし、そのうちに疲れたクタクタでも動き回れていた時期の体力が戻ってくるかもしれないし(それを期待もしている)何より嫌な気分で働くことはない……もう少し頑張ってみよう