珈琲と過去話
61年間、記憶の上書きしがちから、人生の節目を迎えて 記憶を辿ることが少しずつ増えたような。。。
ここからは非常にお恥ずかしい過去の貧乏話、こんなおバカでもここまで来ましたよと^^;
離婚したのは・・・何年前だっけ・・・・それすら覚えていない
確か子供が17歳と13歳の時 ということは来年多分20周年(笑)
20代の頃は、子煩悩な父親とふたりの子供
ごく一般的な家庭
サラリーマンの夫と短大卒業後から特技を生かしムラはあるもののそれなりの収入で今でいうフリーランス、見映えの良い仕事の私
離婚の原因をひとことで言うと二人とも社会人としてあまりにも未熟がゆえの成れの果て(*_*;
ひとつの仕事をこつこつと続けてさえすれば、そのうち余裕のある生活になってくると理由のない確信を抱いていた(恥)
人生何があるかわからない、バブルもはじけたし、緊急入院もしたし、準備も心構えも思い通りにはいかないぞの想定すらしていなかった
どんだけおバカさんなのとその時の自分を責めたい
そんな無知なまま30代に入り、生活は次第に下降線
事務系パートとダブルワーキングを始めると、会社勤めをしたことがなかったせいか、同僚との様々な話の中に知らない事の多さにショック(いわゆる世間知らず)
目覚めはじめ^^;
財布に2,000円以上入っている日がないような超貧乏となる
それでも悲壮感をあまり感じていなかったのが私の良い所←えっ(笑)
食費をどこまで節約出来るかのチャレンジや、破れた襖に紙を貼り子供たちのお絵描きスペースとごまかしたり、今日はお金がない、引きこもり日だ!どこにも出かけないぞなど貧しさを楽しんでいたような^^;
ただ、交際費をゼロにしようと人との付き合いを断ってしまっていたのは大きな勘違い
ママ友無し、今仲良くしている同級生との付き合い空白時代
その反動?今は出会った人達を大切にしたいとの思いが強い
40代シングルスタート時は、亡くなった父が「何も心配せんでいい」と励ましてくれて援助も(母は恥ずかしい、帰ってくるなと激怒)そこからが、大人として、社会人として、遅れ過ぎた自立のスタートだったと思うのです。
子供達には悲しい思いをさせてしまったが、母は変わった見守ってくれたと信じたい。道にそれることもなくいい子に育ってくれました(親バカ)
ああ恥ずかしい
でも忘れてた^^;
☕️
突然 珈琲の話です
中学生、受験勉強を始めた頃にインスタント珈琲に砂糖とミルクをたっぷり入れたものから珈琲好きが始まり
いつからかドリップした珈琲でないととなり、24時間脳内が仕事に支配されていると感じた6,7年前に夢中になるものを探していたんだと思います。まずは知識から、本を購入
珈琲のすべて
この1冊でコーヒーがわかる人になる!
好きな珈琲をとことん楽しむのだとばかりに専用ケトル、ドリッパー、プレス、ミルを買い揃え
朝起きて、顔を洗ったら湯をわかして珈琲を淹れるが毎日のルーティンとなりました
豆が十分膨らんで泡が盛り上がって抽出された珈琲は間違いなく美味しい
今日もはりきるぞ的気分になる
焦ってうまく淹れられなかった珈琲は同じ豆ではないように美味しくない
そんな日は失敗したとやや落ちる
初めは、怪訝そうにお小言言っていた母も、珈琲を淹れている時だけは放置してくれるようになりました(笑)
少し前に友と行ったワークショップに出店していた珈琲専門店のバリスタのお兄さん、中村倫也さん並みのなかなかのイケメンだったと思いだし(顔が写っていない(;O;) 女の子がずらーっと並んでる
今朝の珈琲は・・・湯の注ぎ方を少し焦ったから70点
でも会いたい人に会えた日♡
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